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広島の実家に居候している「りん太」くん。なんでも長男が大学生のときに福岡の下宿先で飼っていたらしい。名古屋へ就職が決まり、りん太くんは実家に預けられたみたい。



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病院の窓から黄金山を望む

 

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実家の裏山(木ノ宗山)

 

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稲架襖

 

おばあちゃん(家内の母)のお見舞いに広島へ帰っていました。

 



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綺麗に紅葉したハナミズキ・・すでに来春の花芽がついている

 

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柚子が黄色くなってきた

 

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石蕗の花が満開

 



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須磨浦公園の芭蕉句碑、蕪村句碑が建っているあたりに見晴らし広場があります。その広場から少し西へ歩いたあたりに生息している野良の一族で6~7匹は居るようです。行楽期のみ営業している廃屋のような茶店があり、おばあちゃんが時々やってきて世話をしているようでいつもこの茶店の周辺に屯しています。おばあちゃんから餌を貰っているので極端に人を警戒する様子もなくとりやすい場所です。



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ご近所さんが小旅行されるというので、我が家にホームステイ中。

ビジョンフリーゼという種類だそうで結構賢い(^.^)



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そろそろ年賀状用の日の出の写真を・・・と思っているんですがなかなかよいお天気に恵まれません。 今日の写真は昨年の12月に撮影したもので jpeg 撮りです。海峡大橋の淡路側(写真の右側)が朝日に光ってるのがかっこいいでしょ。まずまずのお天気だったのですが、もう少しカリッとした感じに写って欲しいので、再挑戦しようと思っています。 撮影ポイントは、明石浦港というところで、たこフェリーが出で入りしていた明石港の少し西に位置します。日の出はおおよそ7時頃なので、6時半頃からスタンバイすれば良いと思います。



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播磨灘の夕景

日テレ系のテレビドラマ「 [家政婦のミタ][1] 」にはまっています(^.^) 最初は興味半分で見ていたのですが、結構中身が濃く、家族のあり方や人としての生き方などの面で、いろんなテーマを投げかけているドラマだと思うようになりました。

原作者やプロデューサーがどんな思いでこのドラマを描いているのかは解らないのですが・・・ 松嶋菜々子が演じている家政婦の三田 灯は、幼い頃に事故で父と死別、それが原因で実の母から疎まれ、再婚した母の夫や義弟からもハラスメントを受けますが耐えて笑顔を貫きます。 やがて結婚をし夫と息子との幸せな家庭を得ますが、それもつかの間、義弟の恨みをかって家に放火され、最愛の夫と息子とを火事で失います。 肉親からは、「不幸を招くのは全部お前の笑顔のせいだ」とののしられ、「もう一生笑うな」と宣告されて感情のないロボットのような人間になってしまいます。

現実の世の中にもこうしたハラスメントの現実はあり得ると思います。 ぼくの知っている牧師は、「彼女が笑顔を失い、感情を封印してしまったのは、あまりにも受け入れがたい悲しみ、苦しみ、虐待等々に遭遇した結果、トラウマ状態になった」と分析されていました。ぼくもそうだと思います。

三田が家政婦として派遣された阿須田家の人たちは家庭内のごたごたでいがみ合い、家族の絆を失いかけます。 けれども三田の存在、境遇(家族を取り戻したくても不可能)を知るにつけて少しずつその意識が変わりはじめ、やがてみんなが家族の絆の大切さに気付き始めるのです。

想像を絶する彼女の悲しい過去を知った阿須田家の人たちは、こんどは何とかして三田を救おうと協力し始めます。 そうした阿須田家の家族の愛によって、頑なだった三田の心に変化が起き始めます。 と、まあこのあたりまでドラマは展開していて、多分あと二回くらいで完結ではないかと思います。

今後のドラマの展開はわかりませんが、これまでの放送で教えられたことは、生活面で何不自由のない私達は、つまらないことで憤り、こだわり、本当に大切な守らなければならない家族の絆や、友達などの人間関係を自我によって簡単に壊してしまう。

  1. 修復できないところまでいってしまってからではどうしようもないということ。
  2. 自分たちが拘っているよりも遙かに次元が違う悲しみの深淵にいる人がいるということ。
  3. 本当に大切なものを守るには、自分に問題があるということを自覚し自分の意思で自分の行動で修復しなければいけないと言うこと。

偉そうなことは言えないんですが、ぼくにはそんなメッセージに思えました。 でも、人間は愚かなので、大抵の場合、失ってからその大切さに気付くんですよね。 多分・・・ですが、あと二回の放送で、常識的には三田のような救いようのない運命的な人生であっても、真実の愛が働くことによって不可能が可能になる。つまり人が幸せな人生を得るためには、お金とかの物質的なものではなくて、人の優しさや愛を素直に受け入れること、また自身もたとい相手がどのような欠陥人間であっても愛し続けること・・・というようなテーマの投げかけで終わるのでは・・・と予想しています。



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注文していた鈴木一雄氏の本が昨日届きました。 その中の記事にフィルムカメラからデジタルカメラに切り替えた人たちにアンケートを採った結果、フィルムを使ってた頃より幸せになったと思う人は? 手を挙げたのは25人中2,3人だったそうです。

フィルムではデジタルのようにその場で確認して撮り直しすることは出来ません。 撮った後から画像処理することも出来ません。真剣勝負からゲーム感覚へと変化し、出来上がりを待つワクワク感や成功したときの達成感が弱まったということが原因だというのです。

具体的なアドバイスとして、撮影に出掛けたときもデジカメの利を生かしてバシャバシャとシャッターを切るのではなくて、フイルム一本(36枚)しか持っていないという感覚で一枚一枚を真剣に撮れと・・・ いつも100〜200枚撮っているぼくには耳が痛いです(^.^) 結びのことばとして次のように書かれていました。

 

幸せのために

撮影においては、『一写入魂』の姿勢を持とう。 シャッターを切る瞬間に全てが決まるのだという緊張感を持とう。 料理をする時と同じように、最初の味付けで自分が求める味=作品を作り上げる心と技を大切にしよう。 後からいろいろ修正を加えても、決して最高のものにはならないのだから。



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渡月橋の上流(大堰川)

 

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野々宮の竹林・・・広角24mmで撮るとこうなる。でもあえて修正せず。

 

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昨日の続きです。 野々宮への道の入口近くにテレビのサスペンスものなどでよくロケに使われるという公園があります。 その公園に百人一首で有名な定家の歌碑がありました。まだ新しいようですね。 嵯峨小倉山の麓にある厭離庵は藤原定家が住んだ山荘の旧跡でここで小倉百人一首が編纂されたと伝えられています。



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祇王寺

 

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嵯峨野らしからぬ点景を発見、見えているのは嵐山

 

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おまんじゅうやさんで休憩

 

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おじさんが落柿舎の絵を描いていたので、同じアングルで・・・

 

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夕刻の阪急十三駅・・・<br /> 40年間つとめた思い出が蘇ってきてちょっとうるるんでした。

 

宝厳寺→天龍寺→野々宮→落柿舎→二尊院→祇王寺→化野年仏寺と歩きましたが、これと思う風景にはみんな人が入るので撮る気がせず写真はさんざんでした。

やはり嵯峨野の風景は冬の方が似合うような気がします。 ときどき時雨れてきましたがお天気もまずまず、紅葉も良かったのですが、ちょっとコースを欲張りすぎました。 俳句と同じでうろうろしすぎては駄目ですね。一点集中の精神が大事と反省です(^.^)